年少
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年長 なぎさちゃん
年少 はなちゃん
おはなし 「花くいライオン」 著者 立原えりか
山をこえて、のはらをぬけて、秋の風が、吹くようになりました。
「さびしい音だな。なんだか、なみだがでそうだな」
風が吹くのはらは、すっかり金いろでした。のはらの、まんなかを、ライオンが、いまにも泣きだしそうな顔をして、あるいて行きます。つい、このあいだまでは、王さまだった、ライオンです。でも、いまは、ただの、ライオンでした。
「ただのライオンよりも、もっとなさけないや」
ライオンは、そう思っています。なぜ、なさけないのかといえば、ヒゲが、ないからです。なぜ、ヒゲがないのかといっても、そのわけは、わかりません。秋の風が、そよそよ吹きはじめた、一週間まえの朝、ライオンのヒゲは、いっぽんのこらず、ぬけて、おちてしまったのです。
「ヒゲのないライオンは、ライオンじゃないや」キリンが、言いました。
「ライオンじゃないライオンは、王さまじゃないや」ヒョウが、言いました。ライオンは、そのとおりだ、と思いました。ヒゲがなくては、夜のやみの、ふかさをはかることが、できません。ひるのくにをまもれても、夜のくにをおさめることはできないのです。ひるも、夜も、おさめることができてこそ、王なのです。
だから、ライオンは、王さまのしるしの、かんむりを、ヒョウにあげて、けもののくにを、でてきました。
「ぼくのヒゲは、ゾウのキバより、サイのツノより、りっぱだったのにな。ながくて、ぴんとしていて、はじっこまで、金いろだったっけ」
ライオンは、なくしたヒゲのことを思って、ためいきをつきました。なくしたものは、ヒゲばかりだったろうか、とかんがえました。
あのキリンは、ライオンが、王さまのくらいについたとき、言ったものです。
「王さま、わたくしは一生、あなたの、こころからなる、ともだちでございます」
ヒョウも、言ったものです。
「王さま、わたくしはヒョウのいのちをかけて、あなたを愛しております」
こころからなるともだちだったはずのキリンは、ライオンが、おわかれのあいさつをしたとき、
「げんきでね」
とも、言ってくれませんでした。
いのちをかけて、愛してくれているはずのヒョウは、かんむりをうけとるとき、
「ふふん」
と言ったきり、さっそく、あたらしい大臣をきめる会議を、ひらきにかかりました。
こころからのともだちとか、愛しております、とかいうのは、ほんとうはどういうことなのかと、かんがえるたびに、ライオンは、さびしくなるのでした。さびしくなるたびに、足をはやめるので、けもののくにからは、どんどん遠く、はなれてきてしまいました。
夜がきました。あかるい、しずかなお月夜です。
「おつきさん、おつきさん。あなたは空の王ですか――」
ひろい、ひろい草原に、ライオンは、ひとりぼっちで立っていました。
「おつきさん、おつきさん。あのたくさんの、ちいさな星たちは、あなたの、こころからなるともだちでしょうか――」
ライオンは、遠くの空に、ひっそりと光っている月にむかって、ききました。
「青い星も白い星も、あなたを愛していてくれますか――」
月は、わらったようでした。
ライオンは、こころの底まで、からっぽだと思いました。
「ぼくはこのひろい草原で、たったひとりぼっちの生きものなのだ」
うおおん、おおん。
ライオンは、なきました。金いろの目から、ほろっと、なみだがこぼれました。
「だれか、ともだちになってくださいよお。こころからの、ともだちになって、ヒゲがなくなっても、ともだちでいてくださいよお」
ライオンは、言いました。
すると、じめんのほうで、「こんばんは」と、ちいさい声が言いました。ちいさいけれど、あったかい声です。ライオンは足をまげて、声がしたところをみました。
白い花が咲いていました。うすい、五枚の花びらに、月が、かげをおとしています。
「こんばんは」
ちいさい花は、もういちど言って、ライオンをみました。
「おともだちに、なってくださる? わたしも、ひとりぼっちなの。こんなひろい草原のなかで、たったひとつの花なの」
「ぼくも、こんなひろい草原のなかで、たったひとりのライオンだ」
「じゃ、わたしたち、おともだちになれるわね。1たす1は、2だから、ひとりぼっちじゃなくなるわね」
花はそう言って、にっこりしました。白いほおを、すきとおった露が、ころがりました。
その夜から、ライオンと花は、いっしょにくらしました。
朝がくると、ライオンは、星がこぼした露で、白い花をあらいました。花は、五枚の花びらをお日さまにあてて、「おはよう」と言いました。ライオンは、金いろのたてがみをぴかぴかさせて、「おはよう」と言いました。
夕がたになると、花は、こうばしいにおいで、ライオンのたてがみをくすぐって、「おやすみなさい」と言いました。ライオンは、しっぽで花をなでて、「おやすみ」と言いました。花のとなりにうずくまって、ライオンは、ねむりました。
「ぼく、おなかがすいた。ジャングルにいって、ウサギをつかまえてこよう。あんたにも、わけてあげるよ」
ある日、ライオンが言いました。
「ウサギは、とってもおいしいぜ」
「ウサギ、ころしちゃうの?」
花は、白い花びらをふるわせました。
「いけないわ。生きてるものをたべるなんて、かわいそうだわ」
「じゃ、ヒツジにしよう。ヒツジのやつ、ぼくのヒゲがなくなったとき、めえめえわらって、ばかにしたのだ。あいつなんか、たべちゃえ」
「そのヒツジ、かわいそうだわ。生きてるんですもの。あなただって、だれかのこと、ばかにしたことが、あるはずよ。わらったことが、あるはずよ。わらったからって、つかまえられて、たべられるの、いやでしょ? こわいでしょ? じぶんがいやなことを、だれかにしては、いけないのよ」
「だけど、ぼくは、はらぺこだ」
「お日さまのひかりはおいしいわ。星がおとす露は、つめたくて、あまいわ」
花は、ひらひらとゆれました。
「もし、あなたが、だれかをころしてたべたら、わたしたち、絶交よ」
花は、やわらかい花びらで、ライオンをくすぐりました。ほんとうにかわいらしいようすで、わらいました。
「ああ、ぼくはウサギもヒツジも、キリンだってたべないよ。あんたがいやがることは、なんにもしないよ」
もう、ねむる時間でした。ライオンは、しっぽで花をなでながら、ためいきをつきました。
あかるく、月がかがやきました。風が、空いっぱいに、銀の波をたてました。
おなかがすいたライオンは、ねむれません。花だけが、ねむっています。
ライオンは首をあげて、花のにおいをかぎました、あまいにおい、おいしそうなにおいです。ライオンは、花にちかづきました。花は、ウサギや、ヒツジたちのように、こわがることをしません。
強い風は、ライオンがふせいでくれます。雨のときは、ライオンが、おなかの下に、花をかばってくれます。だから、花は、安心してねむっていました。
「おつきさん、おつきさん。こころがいっぱいでも、おなかは、すきますか――。ぼくはウサギがたべたいのです。ヒツジにとびかかって、かみついてやりたいのです。でも、ぼくの大好きなともだちが、いけないと言いました。だから、ぼくは、ウサギもヒツジもたべません」
ライオンの声で、花は、目をさましました。
「おなか、まだすいてるの?」
花は、首をかしげてききました。
「まだ、はらぺこだよ」
「がまんできないくらい?」
「ああ、どうもがまんできない」
「それなら、わたしをたべて。わたしは、あなたのおともだちで、たべられてもいいとおもうくらい、あなたが好きだから。みにくくなって、枯れるよりは、おともだちに、たべられたほうが、いいと思っているのだから」
花は、少し悲しそうに、でも、しあわせそうに言いました。
ライオンは、ひとくちで、花をたべました。逃げることも、あばれることも、花は、しませんでした。
朝、ライオンは、ひとりぼっちで、目をさましました。つめたい露をあつめて、顔をあらってあげるともだちの花は、もういません。ライオンは、さびしくてたまらなくなりました。このまえ、草原に来たときよりも、もっとさびしいと思いました。
「あの花は、こころからの、ともだちだった。ヒョウより、キリンより、ぼくを愛してくれた。それなのに、ぼくはあの花を、たべてしまったのだ」
うおおん、おおん。
ライオンは、泣きました。なみだは、あとからあとからでてきて、とまりません。
ライオンは泣きながら、もういちど、においで、たてがみをくすぐってくれる、しっぽでなでてやれる、なつかしい白い花をさがしにいきました。
ライオンは、草原をこえて、森や、町や村をとおって、世界じゅうを、旅してあるきました。
花は、どこにも咲いていました。でも、どれもみんな、ライオンの花じゃありません。ともだちになってくれた花とはちがいます。たべられてもいいと思うほど、ライオンを好きになってくれる花は、二どと、みつかりませんでした。
ヒゲをなくして、王さまの位をなくし、けもののくにからでていったライオンがどうなったか、けものたちは、知りません。かんむりをいただいたヒョウは、ライオンとおなじように、けもののくにを、りっぱにおさめています。
キリンは、ヒョウの、こころからのともだちで、トラは、いのちをかけて、ヒョウを愛していると、言っています。
「わしが、王でいられるあいだ、キリンとトラのことばは、ほんとうであろう」
ヒョウは、そう思うのです。むかし、ライオンにした、しうちをおもいだすと、心がいたむこともあります。
そして、あるとき、道にまよって、遠くの草原までいってしまったウサギは、ふしぎなライオンをみました。
ライオンが、はじめて、その草原へきて、月にはなしかけた夜から、何年も何年も、たっていました。
ウサギの見た草原には、いちめんに、白い五枚の花びらをつけた花が、咲きひらいていました。
白い花のまんなかに、年とったライオンがいました。
「きっと、つかまえられて、たべられる」
ウサギは、はっとして、足がすくみました。ライオンは、きらきら光る金の目で、じっと、ウサギを見たのです。
けれど、ライオンは、ウサギの知っているライオンとはちがいました。ウサギになんか、目もくれないで、首をのばすと、白い花を、たべたのです。花のあいだにうずくまって、ねむったのです。
「とおくのとおくの草原に、花くいライオンがすんでいる」
けもののくににかえったウサギは、みんなに話しました。ライオンが、どうして花をたべるようになったのかは、だれにも、わかりませんでした。
(『立原えりか童話集Ⅱ まぼろしの祭り』収録/著・立原えりか)
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